池之端知行所の年貢としては、通常の本途としての年貢米のほかに、口米、夫米、御蔵役米、夫銀、小役銀、雪垣銀、夫人給銀、役綿銭等の小物成が、徴収されていた。寛政一二年池之端領の村々は収納定免の切り替えの年であった。増免を命じられたが、近年はうちつづく悪作で困窮しており、むこう五年間、これまでどおり延期してほしいと池之端役所あてに願い出た。著名者は、水原村庄屋八兵衛、同与左兵衛、金巻村助太夫、下条村清七、小栗山村文左衛門、井栗村有右衛門、五か村総代白山新村清左衛門、上川替地与頭宅右衛門、川上村々与頭二四郎兵衛である。領主の台所月割金として、入用金七〇〇両を用立てるよう小山三右衛門と森田惣左衛門両名に申し入れ、与板町の山田四郎左衛門が用だてた。台所とは領主の家政をさす言葉である。