御記録

藩財政が困難な状況にあったのはどこの藩でもかわりなかった。藩の財政困窮については、藩の歴史記録である御記録に記録している。元禄一一年に、江戸の麻布新堀普請工事を担当してから、藩の財政は難渋し、借金も年々増加したと記述されている。このことから藩財政が困窮動揺しはじめたとされることがおおい。また、頻発する水害に、財政窮迫の原因のひとつを、もとめることもおおい。そして、大阪や江戸の豪商からの借金もふえ、領内の町人からも、借金をかさねたこと、家臣に倹約や俸禄の刈り上げを命じている事などが指摘されている。ただ江戸時代の大名あるいは藩は、秋におさめられる年貢米を換金して、藩主、藩政の経費にあてるという構造をもっていた。したがって、それまでのあいた必要経費を、いわば、先借金として調達するという面を考慮する必要がある。水害にしてもたしかに御記録には、頻繁に損害高を幕府に報告しており、それが数万石というような数字になっている。しかしねこれも幕府への公式報告であれば、この高は表向きの石高であろう。

御記録