移 封

慶長三年は、越後の歴史においてひとつの画期とされている。すなわち、この年、上杉景勝が会津に移封され、かわって堀秀治が、越後に入国してきた。織田、豊臣政権にはじまり、徳川幕府にひきつがれる時代を、日本史の時代区分の上では、近世といいならわしている。上杉景勝は、天正一四年、京都にのぼって豊臣秀吉に臣従し、秀吉の全国政権下の一大名になった。しかし、上杉氏は戦国大名として越後を統一したものであり、前からの時代の体制を残していた。その上杉氏が越後からいなくなったことは、旧来の体制が一掃されたことを意味する。この時代は、豊臣政権にかわってやがて江戸に成立した徳川の幕府のもとに、全国各地に大名の支配する土地があった。そこでこの時代を幕藩体制とか、幕藩社会ともよんでいる。藩というのは、大名の支配する領地、および支配組織などをさす言葉としてもちいられている。

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